そろそろ年収1000万を捨てる僕

年収1000万サラリーマンが2020年をスタートに副業・副収入を増やしフリーランスになるまでの過程をリアルタイムに毎日更新していく様を赤裸々に綴ります。

人生100年時代、人生振返り、中学生編

どうも、こんにちは

平凡サラリーマンのma-kunです。

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人生100年時代、ワークシフト、ライフシフト発想の転換期であり、備えて戦うサバイバルの時代に入ったとも解釈できる。

 

名著である、ワークシフトからライフシフトを読み、具体的なイメージを持つ事はある程度できた。

 

働き方、保険、投資、ライフスタイル、このままでは取り残される不安と、新たな自分に変われるチャンスが混在し、模索する日々なのは僕だけではないだろう。

 

将来設計をする前に、過去の自分を改めて振り返る事も大事ではないかと考えた。今年で40歳、節目の歳でもある。

 

今回は激怒の中学生編を書いて見ます。

 

今僕が住んでいる東京では、私立の中学に進学することは普通の選択肢であるが、地方では公立が普通の進学先であり、小学校から中学校はほぼ地元の中学にいくのが普通であった。

私立という選択肢は親の事情がないかぎりあり得なかった。

当然僕も地元の中学に進学した。

 

小学校時代の僕は怖いもはなく、いわゆるガキ大将だった。先輩も後輩も同級生も、勉強もスポーツも遊びもほぼ全て人並み以上に出来た。

しかし中学では人生初の自分よりも強い奴が現れた。

井の中の蛙だとすぐに気づいた。いわゆるヤンキーや秀才の登場である。

 

3つの小学校が1つの中学へ集まり、1クラスが2クラスになった。それでも、所詮2クラスである。

 

片田舎なので、部活の種類も少なく、小学生時代熱心に取り組んだ野球部もなかったのが一番残念ではあった。

 

親友でありいじめっ子であった1人の友人に皆が翻弄されたのでった。

彼は人望があり、オシャレでマセていたが、運動や勉強が飛び抜けてできる奴ではなかったが、トークがうまく、すぐに学年の中心人物にのし上がって行った。

 

彼には2つ上に兄がいて学校では有名人であった環境も彼が非常に有利な状況になった大きな要因だった。

中学生になるとタメ口でよかった1つ、2つ年上の友達も急に先輩と呼ばねばならず、非常に違和感があった。

 

僕たちは同じ部活に入り、中学生活の90%以上を一緒に過ごした。部活は休みがほぼなく、唯一の休みも同じ部活のメンバーでよく遊んだ。

スケボーや、音楽を聞いたり、買い物にも出かけたが、その仲が良すぎるグループが逆に良くなかったのだ。

 

彼は陰険ないじめをよくやった。常に1人仲間外れにし、暴力やムシをする女々しい奴だったが、かばったり、助けると矛先が変わり、自分が対象をなってしまうのだった。今まで喧嘩などはしたが、さっぱりしていて次の日には仲直りするのが当たり前だった僕にはこの、ムシする事、しなくてはいけなかった事が非常にショックであり、人生で初めて悪魔に魂を売る事となったのだ。

非常に心が痛かっし、数日ムシされていると流石に気持ちが病んできてあからさまに元気もなくなり、親も心配したが、本音は言えなかった。

ただ矛先が自分でなくなるタイミングまで同じ部活、クラスで耐えるしかなかった。

 

しかも田舎すぎて、学年や、学校ではすぐに皆んなの素性や、兄弟姉妹や従兄なども把握できてしまい、他の仲間を作る事ができなかったのも自分ではどうしようもできなかった外部要因だ。

 

この閉鎖された環境下で流行ったゲームに「喧嘩ゲーム」というのがあった。彼が作ったゲームであった。

じゃんけんで負けた1人を20秒ほど全員でを殴る蹴るして、逃げる。

その後は殴られた1人が鬼ごっこの鬼のようにみんなを追いかけまわし、捕まえれたら自由に殴る蹴るできるという非常にスリリングなゲームであった。

しかし、常に誰か1名はムシの対象であった僕たちは日頃からストレスが溜まっていたのもあり、全力でこのゲームにのめり込んだ行った。

このゲームはお昼休みや、部活の後、休み時間や、休日の街中、修学旅行先など、どこでもGOがかかればスタートした。

このゲームを通し、みんな喧嘩は強くなったし、今でいう忖度や、政治のような感覚も覚える事が出来たし、対象がうつった瞬間の安堵感も半端ではなかった。

しかし気持ちが安らぐ事は一度もかなった。親兄弟にこの異常な雰囲気の集団だとバレるのがすごく嫌だった事を今でも忘れないだろう。

本音が誰にも言えず、人間関係は常に自分で解決していく力が身についた事も事実だ。

 

今、改めて語ることは非常に簡単で、笑い話なのだが、当時は地獄であった。そしてこの経験が僕を地元嫌い、田舎嫌いにさせていった。

 

そんな中学時代は人間関係と部活の時代であったから、徐々に早く違う環境に行きたい願望と方法を考えるようになっていった。

 

そして、受験をし見事に地元から旅立ったのでる。

 

では、また明日。